マッサージの先にあるもの

気功の道場に2ヶ月通って自動運動(自発功)ができるようになって、それ以来毎日それに取り組んでいます。自動運動における発見はそれは自分1人だけでなく、ほかの人にも延長できるということでした。どうやら、わたしの、身体は自分だけでなく、他者の身体のおそらく、悪いところ?がわかるようで、勝手に自分の身体が動いていくのです。ある宗教団体が手をかざすと病気が治るといったキャンペーンを路上でしていたときに、うさんくさすぎて見向きもしなかったんですが、そういう身体の機能はあるようです。まぁ、科学論文として証明されているわけではないですが、調べてみると、太古の昔からヒーラーが病気を手かざして治してきた歴史はあるようです。わたしが、たまたま2019年までそういう存在に無頓着だっただけかもしれません。

 

でも、医学部で合気道をやっている同期に、気を感じられるようになった?と聞いてみたら、どうかな、正直合気やってるけど、気ってなんだかつかめなくて。というお話でした。またあるときには、気功ってどう思う?ってなんとなく聞いてみたら、オウム真理教のあやしいイメージがつきまとうよな。といったお返事が。まぁそうだよね、まだまだ医師の世界では、気功の理解がある人、さらに言えば、それを使える人は少数派ということです。目には見えないから、とんでもないイカサマ商売をやっている輩もいるし、宗教家でも自発功に通じる霊動パフォーマンスをしている輩もいたりして、そりゃ、一般的にはめちゃくちゃうさんくさいイメージがついてまわってしまうことは致し方ない状況にあるんだろうなぁと。わたしは、水面下で地道にトレーニングを積んで西欧医学と折衷できたらいいなと思います。医師が気功使いだったら、相当患者にとってプラスになると思うし、わたしもまだまだですから、日々修行ですな。

 

ところで、最近、練習として気心を知れてる友人相手に、自動運動モードでマッサージをやらしてもらってます。これは、相手の身体と向き合って、わたしの身体が相手に対して動きたいように動いていくという作業となります。とりあえず、自分の意思を介してココを揉んだらココにきいてとかいう前頭葉モードとはおさらばして、とにかく、自動的に身体が動くことにまかせます。そこで友人に言われてほーと思ったのが「ねえねえ自分のマッサージもしてるんだね」というお言葉。たしかに、気がついたら、友人のマッサージをしつつも、自分の身体もブーラブーラ動かしたり、相手の身体に太もも押し付けて指圧してみたりとか、そういうこともやっていました。いや、やろうと思ってやったわけじゃなくて、勝手にそうなったんだけど。相当わたしは、友人に心をゆるしているのだと思います。もはや、自分なのか、相手なのか、そういった分解の思想を必要としない境地にありました。

女の友人のときは気を使う必要はなかったのですが、男の友人となると、リラックスモードが深まってくると身体接触が多くなってしまい、正直、このままいくと、服はもちろん着ていますがセックスに限りなく近づいていくんじゃないかと思う時がありました。もちろん心をゆるせる友人なので、自動運動のことも伝えてあるし、わたしは、いまあなたの膝の上にほっておいたら乗ろうとしたけど、さすがにそれはまずいと思って前頭葉判断で抑制したよ、笑。といった会話もすることができました。だからまぁ大丈夫なんですが。この件で思ったのが、自動運動モードでマッサージなのかもはやセックスなのかわからない、コミュニケーションの方法というのもあるのではないかと思いました。友人で自動運動できる人はいないのですが、同じく自動運動できる人同士でお互いに身体をゆだねる動作の行き着く先にはなにがあるのか、知的好奇心としては興味津々ではあります。ということも、ある男の友人にはなしたら、じゃあ自分は自動運動ができないけど、わたしの好きなようにやってみるぶんにはいいんじゃないか?と提案されたのですが、うーん、正直迷うところではあります、というのは半分冗談です、笑。